日本海側は世界有数の雷多発エリア! 落雷抑制の重要性を専門家に訊く
2022/06/02
青森や秋田、新潟県沖といった日本海側で進められる洋上風力発電事業。実は、日本海側は世界でもトップクラスに雷の多いエリアであるという。独自の落雷対策「PDCE」で、数多くの実績を誇る落雷抑制システムズの松本敏男代表取締役に、落雷抑制の重要性について伺った。
日本海側は世界有数の落雷地帯
気象条件踏まえた洋上風力事業に
落雷抑制システムズは、独自の落雷対策「PDCE」によって、さまざまな建築物や電気設備などを落雷の被害から守っている。2022年4月末時点で全国3,300台の導入実績を誇り、昨年の東京五輪では、8割を超える35会場で同社の「PDCE」が活用された。
(落雷抑制システムズのPDCE-Magnum。高さ40.5cm、重量8.9〜10.5kgとコンパクトだ。出典:株式会社落雷抑制システムズ)
同社の代表取締役である松本敏男氏は、今後、開発が本格化する洋上風力発電事業での落雷対策に警鐘を鳴らす。「洋上風力発電事業の促進地域には、青森から秋田、新潟にかけての日本海側のエリアが選定されていますが、日本海側は、世界でも類を見ないほど雷の多い場所なんです」。
日本海側では、特に冬場に「冬季雷」という雷が多く、雷は古くから地域の生活に根ざしてきたという。例えば、富山湾では、冬に雷が鳴り出すとともに鰤(ブリ)の水揚げが始まるので、冬の雷を「鰤起こし」と呼ぶ。また、秋田県の魚でもある名物ハタハタは、漢字では魚へんに雷(鱩)と書く。
これほどまでに雷の多い日本海側で洋上風力発電事業を行うには、欧米の事業モデルをそっくりそのまま持ち込むという訳にはいかない。松本氏は「私は以前、外資系の大手テクノロジー企業に勤務していたのですが、海外で作った製品がそのまま日本で売れるかというと、そうではありませんでした。同様に、洋上風力発電事業も日本の市場環境に適応するようアレンジする必要があると考えています」と語る。
「お迎え放電」に誘導される落雷
あえて出しにくい構造で落雷抑制
では、洋上風力発電設備の落雷対策はどうすればよいのか。松本氏によると、雷は、必ずしも高い建物の避雷針を目がけて落ちるとは限らないという。一般的に、風力発電設備には、雷被害を防ぐための「レセプタクル」という装置がついているが、それだけでは雷被害を完全に防ぐことは難しいと同氏は主張する。
松本氏は、雷を任意の地点に誘導するには、雷に向かって地上側から電気を放つ、いわゆる「お迎え放電」が重要だと強調する。お迎え放電とは、地上から上空に向けて放電することを指し、これが雷とつながって落雷のルートである放電路が形成される。
従来の避雷針からもお迎え放電は発出されているが、実は、落雷を招かないためには、あえてお迎え放電を出さないことが重要だという。同社の落雷抑制システム「PDCE」は、お迎え放電を出しにくい構造になっており、可能な限り落雷を「PDCE」に誘導しないことを目指している。風力発電用には、性能をより向上させた「避雷球」や、風力ブレードの先端に装備するタイプの「PDCE」などを揃えている。
「避雷針は、雷を避けると書きますが、英語では“Lightning Lod”と言い、雷を『避ける』という意味合いは含まれていないのです。私は、避雷針と書くのではなく、雷を被るという『被雷針』と表記する方が適当だと考えています」(松本氏)
東京五輪の会場に100台設置も
鉄道各社の落雷対策としても活躍
落雷抑制システムズの「PDCE」は、人命の保護はもとより、公共サービスや歴史的建造物の保護、経済的価値の損失を防ぐ目的など、多くの場面で活躍している。2021年の東京五輪の35会場では約100台が採用され、ゴルフ会場では、雷雨に備えて避難場所8ヶ所にも設置された。
また、主要な交通インフラである鉄道各社からの信頼もあつく、導入実績3,300台のうち、1,000台超が鉄道の落雷対策として設置されているという。特に、私鉄大手では約8割の企業が同社の「PDCE」を導入している。
(私鉄の架空線に設置された同社のPDCE。落雷から鉄道インフラを守るのに役立っている。出典:株式会社落雷抑制システムズ)
さらに、世界遺産・国宝の旧富岡製糸場や、近代酪農の発祥の地である小岩井農場など、多くの歴史的建造物を落雷の被害から守っている。茨城県にある牛久大仏の地上120mの頭頂部にも、同社の「PDCE」が据え付けられている。
(茨城県牛久市にある牛久大仏は、世界最大級のブロンズ像だ。周囲に高い建物がなく落雷の被害を受けやすいが、同社のPDCEがその危険を最小化する。出典:株式会社落雷抑制システムズ)
雷から電気設備も守るという視点
リスク対策として必須との意識を
松本氏は「落雷対策は、人命の保護が第一であることは言うまでもありません。それに加えて、電気設備の保護という観点で見ると、対策すべき箇所はまだまだ多く残されています」と語る。
松本氏によると、これまで、避雷針は建築物の付帯設備と認識されることが多かったという。しかし、今後は、電気設備を雷被害から守るということに重点を置き、対策することが肝心だと熱を込める。
洋上風力発電はその1つであり、雷が多いという日本海側の特性を抑えた落雷対策が必要だと、同氏は繰り返す。「洋上風力発電事業では、陸上より労働安全基準が厳しくなることも想像できます。有効な落雷対策を設計仕様として盛り込むことが強く求められます」。
また、洋上風力発電と並んで落雷対策の重要性が高いのが、次世代の交通とも呼ばれるMaaS(マース:Mobility as a Service)の分野だという。自動運転車が一般道を走行する際、万が一落雷によって信号が機能しなくなっては大きな混乱を招きかねない。ここでも落雷対策が重要な役割を果たすという。
「雷被害は、今までなかったからこれからも安全ということはありません。多くの方が、交通事故を起こしたことがなくても自動車保険を毎年更新しているのと同じで、リスク対策として必要なものなのです。特に、サプライチェーンの上流の企業で落雷事故があれば、その影響は大きく波及します。1人でも多くの方に、落雷が及ぼす甚大な被害について知ってほしいと思います」と強調する松本氏の言葉には情熱がみなぎる。
話を聞いた人
株式会社落雷抑制システムズ
代表取締役 松本 敏男氏
文:山下幸恵(office SOTO)