風力発電の安全対策と信頼回復。秋田市のブレード落下事故を徹底検証
2025/12/16
今年5月、秋田市の風力発電所でブレードが落下した事故が波紋を広げている。地元の自治体は安全対策の強化を求めているが、業界全体としてどのような取り組みが必要なのか、有識者の声を交えて徹底検証する。
メイン画像:ブレードが落下した秋田市の新屋浜風力発電所
1.2010年にもブレード落下事故が発生
2.いくつかの要因が複合的に重なった可能性
3.構造部材の補強板に破損が見つかる
4.事故当日に強い南東風を観測
5.発電事業者が主体となって状況に応じた日常点検を
2010年にも
ブレード落下事故が発生
秋田市中心部から国道7号を南へ向かって走っていると、雄物川にかかる橋の上からブレードが破損した風力発電設備が見えてくる。「河口の南側に1基だけポツンと立っているので目立ちますよね」。近くを散歩していた70代の男性がつぶやいた。
事故が起きたのは5月2日。秋田市の新屋海浜公園に設置されていた新屋浜風力発電所からブレード1枚が落下し、近くで倒れていた81歳の男性がその後死亡した。ブレードは付け根の部分が折れて、数十メートル離れた休憩所付近に落下し、その近くで男性が頭にけがをして倒れていたという。

ブレードを取り外した風力発電設備 男性は手前の休憩所の近くに倒れていた。
新屋浜風力発電所は、さくら風力が設置し、2009年に運転を開始した。出力1990kWの風車が1基の発電所だ。風車はドイツのENERCON社が製造した。
この発電所では、運転開始の翌年の10年にもブレードが落下する事故が発生している。10年の事故は落雷が原因とみられていて、そのときはけがをした人はいなかった。事故後、3枚のブレードすべてを交換している。
いくつかの要因が
複合的に重なった可能性
経済産業省の有識者会議が6月18日に開催され、さくら風力の親会社、新エネルギー技術研究所の上原康明技術部長が事故の概要を説明した。事故当時の秋田市の天候は、曇りまたは晴れで降雨なし。気象庁から発表されていた注意報・警報は、強風注意報のみだった。落雷については、事故当日は観測されていない。
事故発生時刻は午前10時7分から8分にかけての時間帯と推定している。風車の1秒間平均風速データは、10時4分の秒速15.5m/sから1分後の10時5分には26.2m/sと急激に強くなっている。その後まもなく振動センサーが動き、風車は自動停止した。上原氏は「このとき、ブレードが破損したと推定している」と話した。
破損したブレードの部品は少なくとも30ヶ所以上に飛散し、最も遠いところでは風車の北西約250メートルの地点に落下していた。約250メートル地点に落下していたのはブレードの表層部材で、長さは約60センチ、重さは約250グラムだった。
九州大学応用力学研究所附属再生可能流体エネルギー研究センターで風工学が専門の内田孝紀教授は、事故当日の強風が直接の原因とは考えにくいと説明する。「一般的な風車にとって決して強い風ではありません。いくつかの要因が複合的に重なってボディーブローのように蓄積し、いつ破損してもおかしくないような状態だったのではないでしょうか」と分析する。
内田氏は、秋田県沿岸で冬の期間に発生する冬季雷が風車にダメージを与えていた可能性を指摘する。冬季雷は冬のあいだ、寒冷前線に沿って発生する雷で、日本海沿岸と、ノルウェーの西岸、北米五大湖東岸のみで発生する。放電時間が長いため、電気エネルギーが非常に大きい。夏の雷に比べて、100倍以上の電気エネルギーに達することがある。
構造部材の補強板に
破損が見つかる
新屋浜風力発電所は、18年12月に落雷検出装置を設置して以降、22年1月の高電荷落雷を含め、今年3月までのあいだに多数の落雷を観測している。過去1年間の定期点検については、昨年5月に望遠カメラでブレードの外観を目視点検、ブレード内部に人が入って目視確認し、ブレードに異常がないことを確認している。
新エネルギー技術研究所の上原氏は破損したブレードを調べた結果、構造部材のCFRP(炭素繊維複合材)製補強板に破損が見つかったことを明らかにした。また、5年前の20年7月に、風車メーカーのENERCON社が「中間レセプタ」と呼ばれる避雷針の役割を果たす部品をすべてのブレードから取り外していたことがわかった。中間レセプタがあったダウンコンダクター部付近で焦げ跡が見つかっているが、焦げ跡がついた時期については不明だとしている。
大手風車メーカーの元エンジニアの吉田敏光氏は、10年に新屋浜風力発電所で1回目のブレード破損が起きたとき、秋田市内で陸上風車の据え付け工事に従事していた。今回の事故については、「ブレードが回るときに、最もストレスがかかる部分で破断が起きたとみられますが、あそこまでポキっと折れるのは珍しいケースです。秋田県の気象の特異性を考慮すると、落雷によってブレードが過去にダメージを受けていたことをまずは疑うべきではないかと考えています」と語る。
事故当日に
強い南東風を観測

実況天気図(出典 株式会社ウェザーニューズ)
気象会社のウェザーニューズは、現場付近で事故当日に乱流(不規則な風)が発生していたという検証報告を公表した。同社の独自モデルによる解析の結果、事故当日に、地表付近と風力発電の風車部分の高さとなる90メートル付近、さらに上空の160メートル付近で風速の差が大きくなっていたことがわかった。新屋浜風力発電所が設置されている場所は、海岸が近く、秋田県で最大の河川である雄物川の河口にもほど近い。南側に小高い山もある。

現場付近の風速と風向
秋田県の沿岸部には、秋から春にかけて、シベリア方面から北西の季節風が吹きつける。そこに雄物川の上流から河口に向かって反対方向からの強い南東風が吹くことによって、風力発電設備に悪影響を与える乱流が発生する可能性があるとウェザーニューズは指摘する。それによると、過去5年間で2年に1回程度の頻度で吹いていた10分間平均風速10m/s以上の強い南東風が、今年は4月13日に続いて事故当日にも確認され、1ヶ月間に2回も発生している。特に4月13日は強い南東風が7回も確認されている。天気図を見ると、4月13日と事故当日は日本海と四国付近に低気圧が縦に並んでおり、南東風が強まりやすいパターンとなっていた。
ウェザーニューズは、「秋田で一定以上の強い南東風が1ヶ月に2回吹くことは、とてもまれであったといえます。これによる強い乱流は『想定外の状況』となり、通常の乱流より設備に大きなダメージを与える可能性があります。このような異常な風が観測された場合は、点検を行うなどの対策を検討するのも良いかもしれません」と警告を発している。

雄物川の河口近くにある新屋浜風力発電所 南側に小高い山がある。
大手風車メーカーの元エンジニアの吉田氏は、「川の近くは風が流れやすいというメリットがありますが、風を反射する山との位置関係によっても風の流れは変化します。風況解析の技術が進化するなか、20年前に適地として選定した場所が、最新の風況解析では高い評価が得られないケースもみられます」と打ち明ける。
吉田氏は、現在は福島市にある風力発電専門のトレーニング施設でトップインストラクターを務めている。「新屋浜風力発電所のO&Mを担当していた日立パワーソリューションズのスタッフは、茨城県と秋田県の2ヶ所にある自社のトレーニングセンターで、社内ルールに基づいて高度な訓練を積み重ねています。ドローンを活用して過去の点検データとの差異をAIで分析するような最新の技術も積極的に取り入れています」と話す。しかし、ブレードにおける落雷の痕跡は小さいものでは直径1ミリ以下のものもあり、経験豊富なO&Mスタッフでもすべてを検知するのは難しいという。CFRP製補強板の破損も、構造上、通常の点検では人が立ち入って目視で確認することはできないと吉田氏は説明する。吉田氏が所属する福島市のトレーニング施設では、ブレードの構造や検査・修理の技術を学ぶ新たなプログラムの導入を検討している。
発電事業者が主体となって
状況に応じた日常点検を
九州大学の内田氏は「自然環境の風のなかには、風車にとって良い風と悪い風があります。発電事業者は風が強ければ収益が上がると考えて、風車をなかなか止めようとしません。しかし、大きな変動を伴うような強い風が吹くときには、風車を運転させることによってトラブルにつながるような荷重が蓄積するおそれがあります」と説明する。
京都府の太鼓山風力発電所で、13年に風車上部が折れてナセルと風車ブレードが丸ごと地面に落下するという事故が起きた。経済産業省は、14年に「発電用風力設備の技術基準の解釈」を改正し、風力発電設備の安全に関する基準において、乱流の3方向成分(上下方向、左右方向、前後方向)の風速変動を明確に考慮する基準を強化した。これにより、風力発電設備の設計や運用における安全性評価がより厳格化された。
事故が起きた新屋浜風力発電所について内田氏は、「14年の技術基準改正前に設置しているので、その時はまだ厳格な事前の調査が義務付けられていませんでした。09年に設置する際に、落雷や風の変動などのリスクをどれくらい定量的に客観的に調査したのかが重要なポイントだと考えています」と指摘する。風車の安全対策については、「太鼓山風力発電所の事故などを受けて、これまでに国は十分な安全対策を講じてきていると考えています。そうしたなかで、最も大切にしていただきたいのは日々の点検の積み重ねです。発電事業者のみなさんに対しては、風車を自分の子どものように思ってくださいと呼びかけています。地球温暖化による気候変動の影響と思われますが、20年前に吹かなかった方向から風が吹いたり、20年前に起きなかった雷が発生したりしています。風車の管理をメンテナンス業者に任せっきりにせずに、発電事業者が自ら、最新の気象状況などを定期的に確認して、それに応じた適切な対策を講じていくことが求められていると思います」と強調する。
さくら風力の親会社、新エネルギー技術研究所では、CFRP製補強板の破損とブレード全体の破壊の関連について、落雷の影響なども含めて調査を進めている。今回の事故を受けて、発電事業者が主体となって風車の安全対策をさらに進めるとともに、適地選定のあり方についても議論を深めるきっかけにしてほしい。
WIND JOURNAL vol.9(2025年秋号)より転載
2026年1月16日(金)に開催する「第5回WINDビジネスフォーラム」では、2025年5月に秋田市で発生したブレード落下事故を受けて、九州大学応用力学研究所 教授の内田孝紀氏が「風力発電の安全対策と信頼回復」をテーマに講演します。

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