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政策・制度

日本郵船 海運の知見を生かし洋上風力関連事業へ【動き出す第1ラウンド事業③】

三菱商事を中心とするコンソーシアムが秋田、千葉の計3海域で進めている洋上風力発電事業に、海運最大手の日本郵船が参画する。バン・オード(オランダ)と共同で自己昇降式作業台船を保有・運航するほか、保守作業員の輸送船を保有・管理する業務を請け負う。海運の知見を生かし、洋上風力関連事業の拡大を目指している。

県立高校の潜水プールで
緊急安全訓練


秋田県立男鹿海洋高校の潜水プール(秋田県男鹿市)

「水産業が衰退するなか、ここ数年は高校の定員割れが続いていた。これをきっかけに海の仕事に興味を持つ生徒が増えてくれたらうれしい」。JR男鹿駅前を歩いていた元市職員の男性が笑顔をみせた。日本郵船は22年9月、日本海洋事業と共同で秋田県に洋上風力発電の総合訓練センターを設置すると発表した、経済産業省の22年度洋上風力発電人材育成事業の公募採択を受けて実施する。計画段階の事業費は約1億1500万円と見込んでいる。

風車の保守点検に関連する基礎安全訓練は、東北電力子会社が秋田火力発電所(秋田市)の構内に設置する訓練施設で実施する方向で準備を進めている。洋上での緊急時の安全訓練は、秋田県立男鹿海洋高校(男鹿市)にある水深10メートルのプールを利用する。日本国内で洋上での緊急時の安全訓練が実施できるのは、福岡県北九州市の施設1カ所だけ。水深10メートルの潜水プールは、男鹿海洋高校の自慢の施設。プールの深さが3段階(3m、5m、10m)に分かれている。同校の船木和則校長は「高校のプールを貸し出すことによって、地域の活性化に貢献できるのはうれしい。生徒たちにも同じ訓練を受けさせることができる」と期待をふくらませる。日本郵船は、高校に隣接する小学校の空き校舎などの周辺施設を訓練施設として活用することも検討している。


16年に統廃合された旧船川南小学校の空き校舎(秋田県男鹿市)

男鹿市は海に突き出た半島部にあるため、秋田県内でも人口減少が深刻な地域のひとつ。男鹿海洋高校は市の中心部にある唯一の高校だ。同校には普通科、海洋科、食品技術科があるが、22年度は3学科とも入学者の数が募集定員を大きく下回った。このため、22年4月から男鹿市と連携して「地域みらい留学事業」を展開している。「海の恵みをあなたのみらいに!」を合言葉に、海洋科と食品科学科で全国から生徒を募集している。同校では、国家資格の「海技士」免許取得に向けた教育にチカラを入れていて、洋上風力発電に魅力を感じる生徒が全国から集まることを期待している。

将来的には
年間1000人程度の人材育成


基礎安全訓練は東北電力子会社の施設を活用する方向
(出典 東北電力リニューアブルエナジー・サービス)

「洋上風力発電は事業規模が大きく、運転期間も20~30年と長期におよぶ。この期間を地域振興にどのように生かすかが、今後の秋田県の最重要課題だ。メンテナンスなどの分野に県内企業が参入し、地域の経済や雇用に効果が生まれることを期待する」。秋田県の佐竹敬久知事は、メンテナンス人材を地元で育成する意義を強調する。

政府は30年までに陸上風力で17.9ギガワット、洋上風力で5.7ギガワットの稼働を目標に掲げており、風力発電設備は20年度の約5倍に急増する見通し。日本風力発電協会は「30年には2700~5400人の保守点検の技術者が必要」と試算している。秋田県内に設置される総合訓練センターは、日本郵船が代表補助事業者としてプロジェクト統括や作業員輸送船などの操船訓練の立ち上げを行う。日本海洋事業は補助事業者として、船員基本訓練や洋上風車保守作業訓練の立ち上げを担う。24年度中に事業を開始し、将来的には年間1000人程度の人材を業界に送り出す計画だ。

秋田支店を
日本海北部海域の拠点に


秋田支店の開所式であいさつする日本郵船 長沢仁志社長=2022年5月

「今後さらに複数の海域で事業者が選定され、山形や新潟、青森などに事業が拡大していくと考えられる。東北地方の洋上風力発電の拡大に貢献できるよう、みなさまのおちからをお借りしながら進めていきたい」。日本郵船秋田支店の開所式が22年5月、県内外の経済関係者ら約200人が出席して開かれた。長澤仁志社長は「日本郵船は今後、作業員の輸送や地質調査船に関する事業を担いたい。秋田支店を起点に脱炭素社会の実現に向けた一歩をみなさんとともに歩んでいきたい」とあいさつした。秋田県の佐竹知事は「洋上風力発電の成功と、日本郵船がさまざまな地域振興に貢献してくださることを願っている」と支店開設を歓迎した。同社によると、国内支店の新規開設は1963年以来59年ぶり。横浜、名古屋、関西、九州支店に次いで5か所目となる。秋田支店は今後、洋上風力発電施設の開発が見込まれる、青森県から新潟県にかけての日本海北部海域を業務エリアとする方針。


三菱商事系コンソが洋上風車を設置する「秋田県由利本荘市沖」

三菱商事系コンソが事業を進める秋田、千葉の計3海域で、日本郵船はバン・オードと共同保有会社を設立して自己昇降式作業台船(SEP船)を運航するほか、保守作業員の輸送船を保有・管理する業務を請け負う。将来的にはSEP船や作業員輸送船などの定期的なメンテナンスも必要になるため、船の部品などを周辺地域で調達できるよう地元企業に協力を求めていくことにしている。

日本郵船は、グループで約800隻の船舶を運航している。バン・オードをはじめとする洋上風力関連の複数の欧州企業と提携し、事業化調査から資材・機材の輸送、洋上風車の設置、保守にいたるまで幅広い分野の業務を請け負う体制づくりを進めている。日本国内で経験と実績を積み、海外での事業展開を視野に入れている。

日本郵船は今後、日本海北部海域で進められる第2ラウンド以降の事業でも、多様な業務への参画を目指している。22年5月には、秋田市内で地元企業や自治体との関係構築を目的としたマッチングセミナーを開催した。日本郵船や郵船ロジスティクス、郵船クルーズ、NYKバルク・プロジェクトなどグループ企業10社が秋田で展開する事業内容を説明した。

電気運搬船を開発する
スタートアップと提携


電気運搬船のイメージ図(出典 パワーエックス)

日本郵船は22年5月、洋上風車で発電した電気を陸地に運ぶ「電気運搬船」を開発するスタートアップ、パワーエックスと資本業務提携を結んだ。今後は両社が保有する技術やノウハウ、人的資源を活用して、船舶用電池や電気運搬船などを開発し実証実験を進める。パワーエックスは24年に大規模なバッテリー製品工場を建設し、25年までに電気運搬船を設計、製造する目標を掲げている。

電気運搬船は、陸地から遠い海域に設置する「浮体式洋上風力発電」への活用を想定している。沖合で発電した電気を船で輸送するので、海底ケーブルを敷設する場合と比べて運転開始までの期間が短くなることが期待される。ケーブルの制約がないため、洋上風力発電施設の設置エリアを沖に拡大できる可能性もある。

遠浅の海が続く東北地方の日本海側でも近い将来、浮体式の洋上風力発電施設を設置する時代が訪れると言われている。浮体式になると、沿岸から30キロ程度離れた場所に設置することが想定されているため、この距離で電気運搬船が活用できるという。日本郵船の小山智之専務執行役員は、「パワーエックスの革新的なアイデアと事業推進力に、日本郵船が海運業で培った洋上における知見と技術を掛け合わせることで、再エネの普及拡大に貢献していきたい」と述べ、両社が連携して船舶・港のゼロエミッション化と再エネの普及促進を進めていく考えをアピールした。

大型クルーズ船を活用し
観光振興に貢献


日本最大のクルーズ客船 飛鳥Ⅱ(写真提供 郵船クルーズ)

「大型クルーズ船が定期的に寄港して、国内外から大勢の観光客を秋田に呼び込んでもらいたい」。秋田港の近くにある土産品売り場の店主は期待をふくらませる。日本郵船のグループ会社、郵船クルーズは大型クルーズ船「飛鳥Ⅱ」を保有する。飛鳥Ⅱは、これまでにも秋田県内の秋田港、船川港(男鹿市)、能代港(能代市)に寄港している。日本郵船は22年2月、秋田県と包括的連携協定を締結し、再エネ事業の推進や人材育成のほか、大型クルーズ船を活用した観光振興に取り組む意向を示している。

日本郵船の業務はこれまでは船や飛行機、トラックなどで、ある地点から別の地点へモノを運ぶのが主流だった。洋上風力発電の関連事業では、海上の交通整理などの業務も重要になるため、同社の知見が生かせるとみている。日本郵船の長沢社長は、「海運の知見を生かし、地元企業とのパートナーシップを大切にして事業を進めていきたい」と話す。三菱財閥創始者の岩崎弥太郎が設立した日本郵船。創業以来、国を背負ってきた三菱グループの中核企業として、エネルギー危機の回避と脱炭素の推進という新たな役割を担おうとしている。

DATA

日本郵船 ニュースリリース

秋田県に洋上風力発電の総合訓練センターを立ち上げ
https://www.nyk.com/news/2022/20220930_01.html
秋田支店の開所式を開催
https://www.nyk.com/news/2022/20220530_01.html
パワーエックス社と資本業務提携契約を締結
https://www.nyk.com/news/2022/20220523_01.html
秋田県と包括的連携協定を締結
https://www.nyk.com/news/2022/20220208_01.html


文/高橋健一

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